帰ろかな 帰るのよそうかな

このような歌詞の演歌がある。登場人物の真の心中は、いったいどちらであろうか…。


おそらく、前者であろう。後者は現実と向き合う為の自分に対する譲歩である。「帰りたい、でも帰れない」と言葉を置き換えてみると、心中がハッキリするかもしれない。

 

心の中で葛藤が起きている場合、自分が身を置く環境を維持し続けても、後に良い影響を及ぼさないであろう。最低限のことを済ませ、事を切り上げて、日を改めた方がヨロシイ。

 

心の中で葛藤が起きていると言うが、心(理想)が拮抗している相手は社会的責務(現実)である。この世の中に自分の理想(やりたいこと)と 現実(やらなければならないこと)が噛み合っている人は、いったいどれくらい居るであろうか…。恐らくほんの一握りかもしれない。

 

「やりたいこと」と「やらなければならないこと」それぞれの言葉の前に「何が何でも」を付け加えて、目を通してみよう。増々虚しくなると思わないだろうか…。


外回りをしている飛び込み専門の営業マンは、夕刻の出先で思うかもしれない。今日も空振りばかりで空しいな…。「(会社に)帰ろかな 帰るのよそうかな」


内勤で残業手当てが付くOLは、終業間際に思うかもしれない。今月も付き合いの出費が多くて、財布の中身を見ると虚しいな…。
「(自宅に)帰ろかな 帰るのよそうかな」

 

朝5時半から練習室を占有している音大生は、閉館間際に思うかもしれない。定期券が切れている。往復の交通費を考えても駅前右側にあるネットカフェでナイトパックというのは悲しいな…。「(自宅に)帰ろかな 帰るのよそうかな」

 

久しく実家の両親と疎遠にしている人は、盆暮れに思うかもしれない。今年も実家に帰れずじまいで淋しいな…。意地もある、どうしよう。「(実家に)帰ろかな 帰るのよそうかな」


「帰る、帰らない」のご事情は人それぞれである。百人居れば、百通りの“帰る、帰らないのご事情”があるのかもしれない。

 

それでも迷っている時は、とりあえず帰るに越したことはない。いったい、あなたはどんな帰れないご事情をお持ちなのでしょう。

 

後ろめたいことですか、それとも頭を上げられないことですか? 少なくとも国へ帰れない過去の作曲家とは、社会的なご事情が異なると思いますよ。