適切な距離を置くことも大切

人間関係において、如何に親しい間柄であっても、適切な距離関係を保つことは大切だと思う。
それが親しい間柄を長く保つ秘訣である。


その為には相手の我の領域に踏み込まない。そして自分が相手から踏み込まれないことである。

 

来るものは拒まず、去る者は追わず。
押しも大切だが、引き際を知ることも大切である。

 

自然の潮の満ち引きには迷いがない。何と羨ましいことであろう。
この世の中に自分自身の潮の満ち引きを定めている御仁が如何ほど居られるであろうか…。

 

「禍を転じて福と成す」と言うが、人生において禍と福は循環している。
一本の木に、どれだけの福と禍の実が成るか、成らないか、その違いである。
時として、どちらかの一方に実の成りが片寄ることもあろう。

 

烏さんは一本の木に成った福と禍の実を見分けて食べるのが上手い。
だからと言って、烏さんが食い散らかした木を見て、残り物に福は無いと思うのは凡人である。

 

禍の実は熟して地に落ちることにより、福に転じることがある。
そのことをどんぐりの実が好きな熊さんは知っている。

 

ふと、熊さんが口にしそうな言葉を考えてみた。

「夜が明ければ、陽が昇る。そして陽が傾き、陽が暮れれば、夜が更けて行く。そして、いずれ夜が明ける。」 

 

熊さんは大自然で共生することの恐ろしさを知っている。

夕暮れ前の微睡に、熊さんが歩いている姿を見掛けて、呼び止めてみたらどうなるであろうか…。
そして、如何なることを口にするか、それを想像してみた。


もしかしたら、こんなことを言い出すかもしれない。

「自然を知るものは、足元が明るいうちに巣へ戻る。」

横 槍造:「何、御託をあげてんのよ…」

 

筆者:「絵に描いた餅です。」

 

横 槍造:「中々、おたくとの距離が縮まらないね。」

 

筆者:「最近初老のせいか、近くのものが見辛くなりました。適切な距離間が求められています。」

 

横 槍造:「遠近両用の眼鏡あるよ…。」

 

筆者:「その必要ありません。細部に渡り、見え過ぎることが悍ましくてならないのです。」

 

横 槍造:「へぇ…。」 

 

筆者:「知らなくて良いことを知るべきでありません。あえて聞くこともしない。」

 

横 槍造:「何も知らない。何も聞かない。それはツマラナイなぁ…。」

 

筆者:「適切な距離を置くことも大切です。“距離”を“時間”と置き換えても良いでしょう。」

 

横 槍造:「結構、冷たい人なんだね。何、言っているのか判らないよ。」

 

筆者:「冬が来ても、必ず春は訪れます。」

 

横 槍造:「何、冬眠するの?」

 

筆者:「季節に応じて適切な距離を置くこともありでしょう。」

 

横 槍造:「今度、起こしに行ってあげるよ。」

 

筆者:「歳寒の松柏 (-.-)zzz 」